こんにちは。ジロウです。
今日は、ネットビジネスにはまったく関係のない思い出話です。
僕には3つ年上の兄がいるのですが、ちょっと不思議な経験を数多くしている人なんです。
僕としては、
「何か奇妙な能力を持っているに違いない・・・」
なんて思っているんですが、それを言うと本人は笑って否定します。
そんな兄から聞いた幼いころの体験談が、ちょっとゾッとしつつも、どこか心温まる不思議な話なんです。
静岡県東部にある僕の実家は、現在の家に建て替えられる前、
「昭和ぁ~♪」
って雰囲気の木造平屋の日本家屋でした。
建て替えられたのは僕がまだハイハイしていた頃ですから、まったくと言うほど記憶にありません。
物心ついてから当時の写真を見せられ、うっすらと断片的に思い出せた程度です。
この家の中で、まだ幼かった兄は1人で遊ぶことが多かったと言います。
そりゃそうですよね、僕はまだバブー状態ですから・・・。
それに、当時としては比較的羽振りの良かった家なので、両親、祖父母はけっこう忙しく立ち働いていたみたいなんですね。
ところが兄は、いつも一緒に遊んでくれる、男の子とも女の子ともつかない、ちょっと年上の友人がいたと記憶していました。
1人で遊んでいるとどこからともなく現れ、遊び終わると、決まって部屋の奥まった一角に姿を消すんだそうです。
兄は幼心に不思議に思ったようですが、あまり気にもしなかったと言います。
年月が流れ、兄は小学校5年生、僕は2年生となりました。
その年の夏休み、僕らは函南町(かんなみちょう)にある父方の親戚の家に泊りがけで遊びに行きました。
年の近い従兄弟と遊ぶのも楽しみでしたが、本当の目的は、裏山でクワガタを獲るという男子にとっては垂涎のイベントだったんです。
早朝、まだ薄暗いうちから裏山に入り、目ぼしい木を蹴飛ばしては落ちてくるクワガタを捕まえました。
期待以上の収獲に意気揚々と親戚宅に帰ると、夏だというのに鍋料理が用意されていました。
これが、僕にとって初めてのイノシシ鍋でした。
叔父さんが猟師仲間と山に入って撃ったんだそうな・・・。
汗だくで食べたわけですけど、コクのある味噌味で、ホント、美味かったぁ~♪
肉の中から鉄砲の弾なんか出てきたりしてビックリさせられましたけどね。
そんなこんなで、遊び疲れてお腹もいっぱい。
その晩は僕ら兄弟も従兄弟も、早々に寝床につきました。
と、こんなひと夏の思い出ですが、この夜の出来事について、20年以上も経ってから兄に打ち明けられたんです。
ある正月のことだったと思います。
酒飲み話で、たまたま昔の我が家の思い出が語られました。
母の話では、旧家を取り壊した際に、大黒柱だけは「立派だから」という理由でとっておき、先述の函南町の親戚宅を建てる際に利用したと言います。
これを聞いた兄が、その大黒柱は旧家のどの辺に立っていたのか? と、ヤケに食いつきました。
母は当時の間取り図を描いて「この辺り」だと指し示しました。
すると兄は妙に感慨深げに頷きながら、冒頭の、“幼いころに一緒に遊んだ友人” のことを話してくれたんです。
そう、遊び終わると決まってその友人が姿を消す部屋の一角・・・大黒柱はそこに立っていたのでした。
そして兄は、
「その大黒柱が、函南の家に使われているって聞いて腑に落ちた」
みたいなことを言って、あの夏の夜の出来事を初めて聞かせてくれました。
あの日、親戚宅で、夜中にふと目を覚ました兄は、自分を覗き込む子供の顔を目の前に見たんだそうです。
ふつうならビックリするところですが、なんだか妙に懐かしい思いが込み上げてきたと言います。
そして、その子供の表情もやはり懐かしげに微笑んでいたそうなんです。
夢とも現(うつつ)ともつかないまま、次に目を覚ましたときには朝だったそうな・・・。
兄が言うには、その大黒柱こそがその子供の住処なんじゃないかと。
僕は思わず、
「もしかして、座敷わらし・・・!?」
と驚きの声を上げたものですが、兄は「う~ん・・・」と首をかしげるばかりでした。
現在、その函南町の家は新築され、その大黒柱がどうなったのかは分かりません。
その子供が座敷わらしだったのかどうかも知る術のないことです。
その大黒柱のことを知っていたら、もっと大切に扱っただろうと思うんですが、今となってはもう手遅れ・・・。
ちなみに、懐かしそうに微笑まれたという兄は今も元気で、相変わらずの理屈っぽい性格をそのままに東京で暮らしております(笑)。
願わくば、その座敷わらし様が、僕のビジネスの行く末を見守ってくださいますように♪
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